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インタビュー

【前編】「自分を大事にする」を仕事にする

山口 ひとみ

NPO法人育自の魔法 

代表理事

「自分を大事にする」ということの、本当の意味を伝え続ける

「本当の意味を分かっている人は少ないからそれを言い続けている感じかな。それが自分を承認する、自分自身を認めるというところにつながると思うから。」
今回お話を伺ったのはプロコーチの山口ひとみさん。「NPO法人 育自の魔法」の代表理事を務め、ワークショップリーダーでもある。
※育自の魔法(http://www.ikujinomahou.jp)は自分を見つめ、自分の人生を語り、聴き合うことでお互いを認め合うワークショップです。

 

自己肯定感が低かった

表面的には明るくて元気で活発、だけど子どものころからずっと自己肯定感が低く、自分のことが嫌いだったという。小さいころ、父の勤めていた会社の社宅に住んでいたひとみさんは、社宅の格差社会のような構造や妻同士の上下関係を子供のころから肌で感じていた。
「何か変だなとは思っていました。母は『うちの子なんてたいしたことなくて』っていつも言っていて。『あれ?私、一生懸命やっているのに何でたいしたことないって言うんだろうな』と、ずっと疑問に思っていました。これができてない、あれができてない、これがもっとあったらいいのにと、ずっと足りない部分に焦点があたる。母はずっと人と比較しながら育てる人だった。今はそれに感謝もしているけれど。」

高校、大学を経て、営業としてコンサルティング会社に就職。しかし自己肯定感は低いままだった。「自信がなかった。本当に自社の商品の良さもアピールできないから、伝わらない。お客さんとしては会っても気持ちよくなかっただろうと思います。営業が嫌で、よくサボってました(笑)。いってきます!ってそのまま喫茶店直行、モーニング食べて(笑)どこをどうしたら成績が上がるのかわからない。当然、仕事も面白くない。同期がちょっとずつ仕事を決めてくると、いいな、羨ましいなと思うだけで『でも、どうせ私は』みたいなところにずっといる。『あの人には能力があるからだ。でも私にはない』というところにすぐ戻っちゃうんですよね。」
そんな中で夫となる人と出会い、結婚、妊娠。結婚したときには夫から「(会社を)辞めろ」と言われ、妊娠した時は上司、社長、夫にまで「辞めろ」と言われた。まだ在籍しているにも関わらず、ひとみさんが決めてきた仕事を上司にとられてしまうという腹立たしい経験もあったという。その後、妊娠7か月目で退社、出産。それが、ちょうどバブル崩壊の頃だった。夫は転職をすればするほど給料が減り、最後は失業。夫が最後に勤めた会社の社長のトラブルにひとみさんたちも巻き込まれ、2人ともボロボロになり、当時いた関西から長崎へ逃げるように転居。夫はストレスで、心身症のようになって働かなくなってしまった。「でも働かないと食べていけないから、(夫に)働け!って。今日中に仕事見つけないと離婚だ!って怒鳴りつけて仕事を見つけてこさせたことだってあります。私は、最初に見つけた塾の講師の仕事は、すぐにクビになり(笑)朝は新聞配達とヤマト運輸の荷物の仕分けのバイトをして、昼はスーパーの食品レジをやり、夜は化粧品の販売とかをやってました。朝昼晩働いてクタクタ。もう本当にどん底状態で、夫婦の関係も良くなかった。」

 

好きなことは何?

そのころ、仕事仲間からひとつの問いを投げかけられる。
「ひとみちゃんが好きなことは何?」
ひとみさんは「カラーコーディネート」と答えた。
「自分の好きなものを口に出した時から何か変わりました。最初はお金を出してくれる人はいなかったけれど、そのうち『やってもらっていいですか?』っていう人が現れて、やったー!って。」その仕事において人の変化を目の当たりにし、ひとみさんは喜びを感じたという。
「色が好きなんです。小さい頃、白地図に色を塗るのが、すごい楽しかった。世界の国旗や地図を見るのが大好きだった。クレヨンのグラデーションやサンキャッチャーの反射する色とかを見ているのがすごい幸せなんです。」

 

ひとみさんのご自宅からは綺麗なグラデーションの空がみえていました

ひとみさんのご自宅からは綺麗なグラデーションの空がみえていました

 

出会いと繋がり

「化粧品の販売を月1回、福岡まで行ってやっていた時がありました。交通費かけて行っても1個売れたみたいなレベルだったけれど、その売上金で天神にある紀伊国屋書店にいくのがすごい楽しみだったんです。」そこで「聖なる予言〜実践ガイド」というワークブックに出会う。「あまり面白くなさそうで買うのをやめようかなとおもったけれど、せっかく福岡まで来たからとそのまま買って帰りました。それで、しばらく本棚にほったらかしにしていました。」
 「そのころは精神的にもしんどい時期で、バイトが終わったあと、近くの海に行っては、自分の不遇な状況を思っては泣いてました。ある時、いつものように海岸にいる時に、ふとやってみようかなと思って、ワークブックを開きました。」誰かと一緒にやってもいいという文章を読み、自分がカラーコーディネートしたことで、大きく変化した女性の顔が浮かんだ。声をかけてみると、彼女は「いいよ」という二つ返事。「そこから4か月間、ふたりでワークブックをやりました。先にランチを食べて、ひとしきりおしゃべりしてから、『じゃあそろそろやる?』と、おもむろに本を開く。ワークブックにある質問の答えをノートに書いて、シェアして感想を述べあって。」そのワークの中で、その後につながる人生の目的がひとみさんの中から出てきた。
「自らを認め、人の中でコミュニケーションで自分を表現すること」
それが出てきた直後、ひとみさんは離婚をする。

 

直感で動く

東京に戻ってきたひとみさんは、色彩学校に入り、カラーセラピーを学んだ。「カラーコーディネートをやって似合う色を見つけても、なぜこの人は輝かないんだろう?という疑問があって。」色と心を同時に学びたいと直感で行動した。そこでカウンセリングも学んだ。並行して、以前勤めていたコンサルティング会社で、再び働き始める。「子供1人抱えて離婚したので、定期的に入ってくる給料は本当にありがたかった。コンサルタントとして再入社しました。」9年間のブランクもあり、最初は先輩の研修を鞄持ちをしながら学び、ひとつひとつ積み上げていった。会社の仕事だけじゃキャリアは積み上がらないと産業カウンセリングの勉強をはじめる。その中で、コーチングを知った。
「最初、無料のワークショップに行って、デモクライアントとしてコーチングをうけた時に何か視野がパーンっと開いた感じだった。これすごいなと思いました。これを受けたいと思って、そこから1年間コーチングを受けました。1年後、さぁそろそろコーチングを勉強しようかなと思った時に、そのコーチ養成機関は、受講料は50万。高い!と」
そこで当時「6万円だったから(笑)」という理由で榎本英剛さんがはじめたばかりのCTIジャパンで勉強を始める。「お金はないから、ボーナスが出たらそのボーナスで次のコースの、8万円みたいな。またちょっと集まったら次、そんな感じで学びました。」時には社長も同席する食事会も断り、ひんしゅくもかった。「でも、大事だったんだよね。居場所は会社じゃないと思ってたんだろうね、きっと。」
そして2005年、CPCCの資格を取得することとなる。    

 

(後半へつづく)

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