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インタビュー

「食べることが怖い」からの始まり―フードディレクターさわのめぐみさんインタビュー

さわのめぐみ

ものがたり食堂

Food Director

さわのめぐみ プロフィール
1984年横浜生まれ
インスタレーションフード&イタリアン

家族全員が料理人という家庭で育ち物心が着く頃には同じ料理の世界に。2年間イタリアへ修行帰国後、イタリア料理という枠から飛び出し様々な料理を楽しんでもらえるようお店を持たず、ケータリングという形でお料理を提供している。
ものがたり食堂』を中心に活動。料理教室も開催。中でもアイシングクッキーのワークショップは人気。
『持たない暮らしの簡単つくりおきレシピ』監修
新刊『わかったさん』シリーズのレシピ監修
『FILMAGA』にてレシピ連載中

 

「食べることが怖い」からの始まり

白雪姫や赤ずきんちゃん、誰もが知っている物語をモチーフに作られた、お料理のフルコース。一つひとつがストーリーの一瞬を切り取ったようなそれを見て、周りの人たちは話に花を咲かせています。この「ものがたり食堂」は小説や映画からインスピレーションを受けたお料理を、ケータリングで提供するサービス。オーダーメイドが基本で、お客様一人ひとりの要望に合わせて、デザインされているのです。

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ものがたり食堂」を運営するのは、フードディレクターの、さわのめぐみさん。
そこにある料理は、見た人の心をときめかせるセンスに溢れていて、そして自由です。そんな料理を自己表現のようにして働いているめぐみさんは、いかにしてシェフになったのでしょうか。

さわの 実は18~22歳くらいまでは摂食障害で、食べることが怖い時代がずっと続きました。ファッションやお洋服が大好きで、元々はアパレルの仕事をしていたんです。あのスカートを履くにはもっと足が細くなければ、という強迫がいつもあって、痩せていることが正義であり、かわいい、と思っていましたね。

そんなめぐみさんが食べ物を探求するようになったきっかけは、摂食障害時代、入院先で出会った患者さんの姿だったそう。

さわの 隣で入院をしていたその人は、食べたいと思っても、口に入れたものを吐いてしまうという、機能的に食事ができない方でした。その姿を目の当たりにして、食べられるのに食べていない自分に罪を感じたんです。それから、自分にとって怖いことであった『食べる』ということに向き合うようになりました。そして、食べる=罪ではなく、ちゃんと食べることはよいとだと思うようになり、食べ物を追及するようになりました。
そうやって食べることと向き合い始めて、食べることは自分自身をデザインすることと言えるんじゃないかなって思い始めて。いいものを食べて、美味しくて、体によくて、自分が綺麗になれれば尚更いいと。

もともとかわいいファッションや綺麗なものに関心があり、美意識が高かっためぐみさん。その憧れていた「かわいい」「美しい」状態も、「食べること」を通して叶えられる可能性に自らの体験を通して気づきました。
そして実感した「食べること」で得られる喜びや価値が、料理を通じての働き方、生き方を追求するきっかけとなりました。

 

「料理」で人と人とがつながる喜び

料理人になろう、と思ったのは「手に職を付けたかったから」と語るめぐみさん。

さわの 昔から私は、列に並んでいてもどこかに勝手にいってしまう人で。団体行動とか向いていないし、OLとして会社で働くのは難しいなと思っていました。

それから、めぐみさんは偶然出会ったイタリア料理店で、シェフとしてアルバイトで働くようになります。

さわの そこのお店を見つけたのはたまたまです。レストランで探していて、ポータルサイトの評価がいいところにふらっと入ったら、とても美味しくて。直感で体が反応したんです。ここ美味しいよ!って(笑)。
美味しいお店で働きたいと思っていましたし、そのお店ではシェフがわざわざ客席まで来て感想を聞いてくれたんです。それに惹かれました。
料理人になってから、自分の料理で人が喜んでくれることで得られるエネルギーに気が付きました。でも、ホールの人が「お客さんが美味しいと言っていたよ」と教えてくれてもどこか他人事のように感じていて。なので今度はもっと、お客さんの顔が見える所で働きたい、そう思い始めました。

 

言葉から離れたくて行ったイタリアで見つけたこと

そして突然めぐみさんはイタリアへ行くという大きな決断をします。しかしその背景は、実に簡単で軽い気持ちだったと、めぐみさんは言います。

さわの 日本でも、レストランのメニューは、フレンチもイタリアンも中華も全部イタリア語で書かれていたんです。厨房でもイタリア語を使ううちに、イタリア語を学ぶことにも興味を持ち始め、イタリアへ行くことにしました。
日本から出てみたかったというのもあります。自力で生活をするっていうのを自国以外でしたかったので、ワーホリとか、違う世界を見てみたいとか、食ありきの旅行がしてみたいとかの、軽い気持ちでしたね。

旅行気分で行ってみよう、という軽やかな動機とともに、めぐみさん自身の中には日本から出たいもう一つの理由がありました。

さわの 日本語から離れたい、という気持ちもありました。言葉の分からない世界に行きたかったんです。言葉は大切で、いい言葉はもちろんあるけれど、汚い言葉や不必要なこともたくさんありますよね。
キッチンにいて聞こえてくる誰かや私を批判する言葉は、私は聞きたくないものでした。
摂食障害の時も、その言葉がなければ私吐いてないなというつらい瞬間がたくさんがありました。
例えば『かわいい』という肯定する言葉も、その瞬間は嬉しいんですが、それが言われなくなったらという強迫観念もそのうち生まれてきてしまって、それが恐怖だったりもしました。

そしてイタリアに渡り、めぐみさんが何よりも驚き感動したのは、シェフとお客さんとの距離の近さでした。

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さわの 美味しかったらわざわざキッチンまで入ってきて「美味しかったよー!」と言ってくれるんですよ。そこでシェフも、「今日の料理をつくったのはめぐみだよ」って言って紹介してくれて、なんだかすごく嬉しかったんですよね。だからお客さんの顔が常に見える小さなレストランで働きました。
お客さんの食べてる、笑っている姿が見られて、「美味しいよ」が聞こえて、お客さんとしゃべれて、リピートしてくれて…。本当に幸せでした。

これが、のちのものがたり食堂の原型になったとめぐみさんは振り返ります。作ってくれる人の顔が分かったほうが、お客さんも安心だし作り手も嬉しいということが原点になっているそう。

そんな充実した2年にわたるイタリアでのシェフ生活の末に、めぐみさんは日本に帰国します。聞かなくてもいい言葉から自由でいられて、食で人の喜びに触れられるイタリアを手放したのは何故だったのでしょう?

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さわの イタリアにいる間、何故自分が日本を離れてみたかったのか、をずっと考えてたんです。そして深く自分を見つめてみたら、私は結局は日本で人間関係が築けていけるかどうかが心配だったんだということに気づいたんです。
その中でも「本当にやりたいことって何だったんだろう」とずっと自問自答したんです。その結果、自分にとっては実はコミュニケーションが大事だと気付いたんです。
言葉から逃げていたにも関わらずですよ。あぁ、私は、コミュニケーションが大事で、コミュニケーションを求めていたんだ。それで人をつなげたいんだ、食自体がコミュニケーションだったんだ、と腑に落ちたんです。その時にはもうイタリアの小さな厨房の中だけで、お料理を学ぶことに限界も感じていたので、日本に帰ろうと思いました。

ご自身のことも、思ってもいないひどいことを口に出して、人を傷つけてしまうことがある、それがよくないと思ってもやめられないと語っていためぐみさん。ひどいことを言って傷つけて、その人を振り向かせたいのかなと思うと、そんな自分が嫌だったそう。

ご自身が言葉に敏感で傷つきやすく、自分自身も含めて人が傷つけ合うことは嫌いとめぐみさんは言います。
しかしそれは、言葉と自分の料理で人と人を温かく繋げたいと思う優しさと情熱を、誰よりもめぐみさんは持っていると言えるのではないでしょうか。

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さわの 学ぶために行ったイタリアだったんですけど、言葉が分かるようになって、周りから求められることが分かってくると、生活するための料理になって、探求ができなくなってきたんです。結局好きな料理ができないと思った時に「違った」と思いました。
それって好きなことを仕事にするのではなく、生きていくための仕事。私の料理ではなくなっていたなって。

「これは違う」自分自身の内側から目をそらさずに、感受性をいつも大事に、苦しみながらもはっきりと決断していく、めぐみさんの聡明さと強さが表れています。

日本で「好きなこと」が実現されるまで

日本に帰ってきてからも、独立しようという気はなく、どこかで料理教室の先生にでもなるのかなと思っていた、というめぐみさん。
新規オープンのカフェの立ち上げスタッフにスカウトされ、ほぼ素人同然のアルバイトをシェフとして育てながら、一日に何枚もパンケーキを焼き続ける、という仕事をこなしていました。

しかしめぐみさんは、とてもやりがいはあったものの、これが私のずっとやりたい仕事なのかな?、と違和感を感じ始めます。そんなとき、常連客の知り合いの小さなバルの社長から声がかかり、そこで料理長としてシェフを務めることになったのです。

そこでは仕入れから任せてもらい、シェフとして現在に至るまでの礎となる経験を積みました。

しかし、お客さんの顔を見ながら自由に料理が作れる、そんなバルの料理長の仕事も、社長との考え方の違いで退職を決断。お客さんだけでなく従業員も大切にしたい、という自分の気持ちをどうしても抑えられなかったとめぐみさんは言います。

それから間もなく、とあるホームページで「ナイトサロンで料理を出してみませんか?」という募集に出会い、めぐみさんはそれに応募します。そこで料理を出した時に出会った空間や「キッチンで人をつなげる」というコンセプトに「こんな所で料理がしたい!」と思い、ランチの仕事を定期的にやるようになりました。

目の前でお客さんが自分の作ったものを美味しく食べてくれて、笑顔になってくれる。その喜びをもっと感じたくて、フリーランスでケータリングの仕事を始めためぐみさん。問合せが来るようになって、それが広がり今に至ったのだそう。
そして、ケータリングの仕事を定期的に行う中で「ものがたり食堂」という名前がついたのです。

さわの 料理をつくることの中にもストーリーはあって、私は人と人をつなげてストーリーをつくりたい。そしてひとつのテーブルもストーリーですよね。ひとつのテーブルをきっかけに、人と人が出会っていくような仕事がしたいと思ったんです。でも『ストーリー』という言い回しは私っぽくないから、『ものがたり食堂』にしました。

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「好きなこと」を仕事にする

さわの いつも私は人との出会いで仕事を転換してきたから、誰と付き合うかということが本当に大事だと思います。そして好きなことを始めたら相性のいい人しか出会わないですね。アシスタントさんも、波長の合う人しか出会わない。仕事を仕事と思わないような、遊びにいってくるね!ぐらいの軽やかな感じで仕事ができています。

最近では、アルマーニをはじめとする多彩なブランドとのコラボレーションも実現されているものがたり食堂。それも、昔とてもお世話になった人からのつながりで実現した仕事なのだそう。

さわの 自分の『好き』を発信していたら、それを見た人から声がかかってくる。それによって新しいことが始まっていく感じです。直感も大事にしていますね。ウキウキするなと思ったらやるし、この人は違うなと思ったらいっしょにお仕事はしません。

自らの直感を大事に仕事を選んでいっためぐみさん、今の仕事は料理を用いたアートであると認識しています。

さわの 料理も表現の一つでしかないと思うんです。だからコックさんも「身体をデザインする料理」をつくるアーティストでありたいと思いますね。私の中で料理はダンス、歌、画、彫刻となんら変わらないんです。料理はアートとして探求していきたいです。そしてもちろん、身体にもいいし美味しいものを。

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料理をしていることで、傷ついたりすることもあっためぐみさん。理想の芸術としての料理を作り続けるのは、簡単なことではないと思うのですが、続けられるのは何故なのでしょうか。

さわの 結局、好きなんだと思います。ほんとうに辛くても、料理が料理を助けてくれるような気がしています。ムカつくなとか、疲れたってなっても、結局「作ってみたい」「触れてみたい」ってなっていくのが私にとっての料理です。恋人やペットというか、自分の手から生み出される子供たちのような愛しい存在ですね。食べるのが怖いということから始まって、自分の子供のようって言っている訳ですから人間って成長するんだなと思いますね。

 

これからの「ものがたり食堂」

めぐみさんのつくりたいこれからの「ものがたり食堂」についても教えてもらいました。

さわの 究極的には、私がいなくても楽しめる場をつくりたいですね。料理を通じて、隣の人と話して仲良くなれる気持ちいい空間。人がなごやかに話すためにあるのも料理の役割ですから。
そのために、見た目もおいしそうなもの、かわいいものにして、会話のきっかけを生む工夫をしています。テーブルコーディネートも、興味を持ってもらえるように工夫しています。また、人の配置もこの人とこの人を合わせたいな、という意図をもって席を案内したりしますね。
料理は基本的には脇役であって、空間としてのひとつのツールでしかないと思います。
「飲みに行こう」も空間だし、結局みんなで楽しみたいから行くじゃないですか。「キャンプに行こう」みたいな感覚でものがたり食堂にきてほしいですね。
私は言葉が怖かったから、コミュニケーションを料理で表現したいです。気持ちを目で見えるようにできたらと。私は、料理って作った人の感情も宿っているという感覚があるんです。だから食べるという行為はその作り手の感情が食べる人の体に入るっていうことだと思うんですけど、それってすごく怖いことでもあると思うので、できるだけ忘れないようにしていますね。
料理は言葉ではないので、伝えたいことが正確に伝えることはできないと思うんですが、口に含んだ時に伝わる感情を大事に相手にも感じ取ってもらいたいと思いながら作っています。
食べることには困らない時代ですけど、食べることって疎かになっているとも思うので、食の考え方を見直す人たちの一員になりたいです。食べるって自分が苦しんでいたことだから、食べること自体の見直しを、楽しみながらいい感じで伝えていきたいと思ってます。

 

編集後記

「食べることが怖かった」「日本語から逃げたかった」と自分のその時の気持ちを誠実に語ってくれためぐみさん。
「逃げたい」というネガティブな気持ちに従うことは、よしとされないことも多い。でも、めぐみさんのイタリアに渡ってからのエピソードを聞くと、逃げたいと思ったら時に逃げてもよいのではないか、とすら思う。
我慢して耐えることだけが、幸せや成功でしはない。自分の心の声に従いしなやかに生きることも時に大切なのではないか。そんな生きることへの寛容な解釈も可能にさせてくれる。
しかし、寛容さと同時に、強さと自分と見つめる厳しさも孕んでいたのがめぐみさんの生き方だ。怖いと思った言葉から逃げた先でも走り続け、「怖いもの」と向き合い自問自答を続けた強さ。出会った人や言葉を大事にし、直感を大事に臆せず動いていく大胆さ。
わがままでありながらもストイックなめぐみさんのように、いつも自分の気持ちを大事にして行動した先に、「本当に好きなこと」はあるのかもしれない。

インタビュー:寒川英里(2016年10月)
テキスト:山本好乃

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